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【レポート】11/18(金) 特別講義第「東洋哲学に基づく医療-古層のグローバル」               講師:渡辺賢治 先生(修琴堂大塚医院 院長、医師、慶応義塾大学客員教授)

November 28, 2022

第3回「東洋哲学に基づく医療-古層のグローバル」

日時:2022年11月18日(金)18:00-19:30

講師:渡辺賢治 先生(修琴堂大塚医院 院長、医師、慶応義塾大学客員教授)

参加方法:オンライン

【レクチャー・レポート】

渡辺賢治先生 (修琴堂大塚医院 院長、医師、慶應義塾大学客員教授)

2022年11月18日(金)18時より「グローバルアーティストのためのリベラルアーツ講座」、第3回目の講義に渡辺賢治先生(修琴堂大塚医院 院長、医師、慶應義塾大学客員教授)をゲスト講師にお迎えし、「東洋哲学に基づく医療-古層のグローバル」というタイトルで講演を行いました。渡辺先生は慶應義塾大学医学部を卒業されたのち、現在まで漢方医学を専門として国内外でご活躍されています。院長を務める修琴堂大塚医院は初診患者さんの約5人に1人が外国籍とのことで診療も国際的。日本の漢方治療への注目が高まっているなか、芸術を志す若い学生に向けてグローバルな世界に出ていくために重要な視座について、以下の5つのテーマを軸に講義が展開されました。

5つのテーマ(渡辺先生のパワーポイントより抜粋)

最初に現在のコロナ禍について、自然破壊(動植物との接触)とグローバル化(人の移動)によって引き起こされた感染症であると述べた上で、人類の歴史が感染症との戦いと克服の歴史でもあったこと、また奈良時代に流行した天然痘に対して、疫病退散を願って建立された東大寺の大仏や東大寺二月堂の修二会修行など、感染症が日本の文化に与えた影響について紹介しました。

次に、自身の専門である漢方治療について「複雑系」という考え方から説明してもらいました。渡辺先生は、私たちが普段病気として捉える症状(熱、咳、下痢、痛み)は身体が本来持っている防衛機能が作動した結果であるということ、そして漢方の役割はこのような身体が本来持っている抵抗力・治癒力を促進し、高めることにあると言います。また日本の漢方学のバイブルである『傷寒論』を紹介し、西洋医学と東洋医学との視点の違いについて解説してもらいました。西洋医学が生薬のなかから特定の効能を持つ化学物質を抽出するのに対して、7つの生薬を混ぜて作られた「葛根湯」を例に、漢方は生薬の複数の組み合わせでできており、その配合比率の変化によって体の症状に応じた異なる効能を生み出すことができるといいます。

生薬を補完する百目箪笥(渡辺先生のパワーポイントより抜粋)

渡辺先生は「西洋医学は科学的方法論(分析、再現性、要素還元主義)を身体や物質に適用することで発展した一方で、全体から部分への分解/還元という方法だけでは決して人体の働きを理解することはできない。そして漢方治療の特徴は身体を構成する各部分(臓器)と全身との関係性や、相互の反応に働きかける点にある」といいます。

次に推古天皇による薬猟、正倉院に保管された種々薬帳と生薬の記録、当時貧しい人たちへの医療施設であった施薬院や悲田院の先進性、世界初の全身麻酔手術を行った華岡青洲や、鍼灸の管鍼法を発明した杉山和一など、日本の歴史の中に埋もれている出来事、人物、道具を再発見することの重要性について指摘しました。

正倉院薬物(渡辺先生のパワーポイントより抜粋)

また、自身のWHOでの漢方医療普及活動を例に異なる文化や価値観や考えの人々と協力しプロジェクトを進めていくために大事な心構え、そして今後人口減少社会を迎える日本で固有の「素材」を見つけだし、それを世界に提供できる新たな価値としてデザインしていく必要性について語り、その例として渡辺先生が長年取り組んでいる「未病」の考え方、その普及活動について紹介してもらいました。「未病」とは健康と病気のあいだにある体の状態を指す言葉であるとのこと。病気は症状が出る前に長い時間をかけて健康から病気の状態へと移行しており、症状は病気の進行の終わりの相であること、また西洋医学が、原則として症状が出たあとに治療を行うのに対して、漢方医療は症状が出る以前の「未病」に合わせた継続的な治療であり、病気や身体に対する西洋医療と東洋医療の異なる捉え方、考え方が反映されていると渡辺先生は話します。この「未病」という考え方は、これまで健康と病気の二分化された病気と身体の関係により広がりを持たせ、自分自身で健康管理について考え、促進するような身体・病気観であり、この「未病」を全国に広める活動、事例について紹介してもらいました。

渡辺先生の著書『病院にも薬にも頼らないカラダをつくる 「未病」図鑑』(2020)

Q&Aの時間には、自身の留学時代に叔父からもらった言葉「真の国際人とは語学力よりも人間としての魅力である」を引き合いに、若い世代が積極的に日本の外に出ることの重要性について語るとともに、西洋医学と漢方治療という「反対のもの」を学んだことで、一見遠回りに見えるけれども自身の分野の深い理解、基礎力が培われたと話し、また理系から藝大に進学した学生の質問に対しては「場違いであることは強みです」と答えていました。

異なる分野に自ら進み、その上でグローバルな世界を舞台に活動を続けられてきた渡辺先生ご自身の経験が反映された言葉と共に、一貫して若い人たちに世界へ出ること、そのために自分の育った場所の歴史、文化、社会を深く掘り下げることの重要性について情熱を持って話されていたことが大変印象的でした。ご多忙のなか講義をお引き受けいただいた渡辺先生に改めて御礼を申しあげます。

(文:グローバルサポートセンター、江上)