GxGREPORT

国際芸術創造研究科 開設記念シンポジウム 「芸術文化の創造と大学の未来」Symposium: “The Creation of Art and Culture, and the Future of Universities”

August 12, 2016

2016年7月3日(土)、本学音楽学部校内奏楽堂において、今年4月に新設された大学院国際芸術創造研究科の開設記念シンポジウムが開催されました。

同研究科は、芸術創造の各分野を領域横断的に結びつけつつ、国際的な視座に立った“創造”と“発信”を基軸とする教育・研究を展開する独立研究科として、美術研究科、音楽研究科、映像研究科に続く4番目の研究科として設置されました。本シンポジウムでは、国内外からゲストを招き、国際色豊かなパネリストとともにグローバル化する社会における「芸術文化の創造と大学の未来」について、活発な議論が交わされました。

まず開会の辞において、熊倉純子教授(国際芸術創造研究科長)は、本研究科アートプロデュース専攻を構成する3つの分野———アートマネジメント、キュレーション、リサーチ———の概要と、それらのフィールドの広さと領域横断性、そして理論と実践の往還を通して芸術と社会をつなぐことなど、同研究科の特色とビジョンが改めて共有、提示されました。

次に澤和樹本学学長は、本学におけるこれまでの国際化へ向けた取り組みを振り返りつつ、とりわけ本研究科がこれから展開しようとする国際化の新たな展開へ向けた領域横断的な取り組みに対し大きな期待を寄せていること、そしてその活動を強く支持し、支援していくことを強調しました。

来賓を代表して登壇し挨拶をいただいた文部科学省高等教育局国立大学法人支援課の氷見谷直紀課長は、シンポジウム前日に起きたバングラデシュでのテロ、あるいは中東で続く終わりなき紛争、そしてイギリスのEUからの離脱など、昨今の混沌とした国際情勢の有り様を指摘しつつも、そうした状況下においてこそ、文化芸術を力強く創造し発信していくことの重要性を強調しました。またこれまでも、そしてこれからもそうした活動の中核的な存在となるはずの本学に対する高い評価と期待に加えて、新しい研究科が果たすべき役割の重要性が改めて指摘されました。

report079-01澤和樹学長 | 氷見谷課長

続いて、シンポジウムに先立ち、廣江理枝准教授(オルガニスト、本学音楽学部)による奏楽堂のステージ奥に厳かに鎮座するパイプオルガンの生演奏が催されました。演奏が始まると会場内は荘厳な雰囲気に包まれ、新研究科の設立と「芸術文化の創造と大学の未来」をめぐる祝祭/儀式の場をつくりだしました。演奏企画は、箕口一美講師(国際芸術創造研究科)が務めました。

report079-02  演奏企画を務めた箕口一美講師 | 廣江理枝准教授によるオルガン演奏

シンポジウムのセッションには、国内外からパネリスト6名が参加し、各々の立場で最前線の現場からの報告とビジョンが示されました。登壇者は吉見俊哉教授(東京大学大学院情報学環)、カン・ミョング教授(ソウル国立大学)、ジャスティン・ジェスティ助教授(ワシントン大学)、ジャネット・ピライ氏(インディペンデント・リサーチャー)、長谷川祐子教授(国際芸術創造研究科)、熊倉教授によって構成され、司会は毛利嘉孝教授(国際芸術創造研究科)が務めました。

report079-036名のパネリスト | 毛利嘉孝教授  

都市論やカルチュラル・スタディーズを専門とする吉見教授は「上野・本郷・神田を芸術文化大学地域に再創造する:21世紀の戊辰戦争は可能か?」というテーマで、歴史文化的資産が生む都市の価値を基盤としたサスティナブルな芸術文化の創造を提案しました。1960年代に軍都東京からオリンピックシティへと邁進した1964年東京オリンピック型の価値観———速く、力強く、成長する———から脱却し、2020年代型の新しい価値観———より楽しく、末長く、再利用する———へと転換していくべきであると強調し、教室/職場から街/都市へ、街/都市から教室/職場へ———かつての「脱藩志士」のように、志を共にする者同士が隣接する地域の中で横のネットワーク(脱藩志士連合のようなもの)を構築していくべきであると持論を展開しました。

東アジアの比較政治経済学やソーシャル・ネットワーク分析、東アジアの地域的統合などを専門とするカン教授は「文化と日常生活の境界線を超えて:毎日の文化活動の美学を取り戻すこと」というテーマで持論を展開しました。カン教授は社会学者のアンリ・ルフェーブル(1901-1991)やミシェル・マフェゾリ(1944-)、哲学者ジョン・デューイ(1859-1952)らの言説に言及しつつも、たとえば街のストリートや家の中の台所や洗濯物と関わりに見出すことのできる「掃除(cleaning)」「洗濯(laundry)」といった日々の労働、あるいは「料理すること/食べること」や「お茶を煎れること/お茶を飲むこと」など、毎日の生活の中に存在するルーティーン・ワークに着目することで、そこに日常と非日常をつなぐ美学を見出そう/取り戻そうと試みます。そうした日常生活に見られるほんの些細な文化活動は、伝統的な知の継承や母なる自然との交歓など、日常生活とアートの間をつなぐ “美学的経験”に満ちていると主張しました。

report079-04   吉見俊哉教授 | カン・ミョング教授

日本におけるアート/デモクラシー/社会運動の関係性に関する研究者ジェスティ助教授は「なぜ私たちはアートと美学を考慮すべきなのか?」というテーマで、とりわけ1970〜90年代におけるアメリカと日本の文化的共通性を指摘しつつも、全世界的に展開したテクノロジーの発達によるメディアの急速な進化によって、アートだけでなく、デザインやビジネス、文学やマンガなども巨大で複雑なものに変貌したと指摘します。そして今日のアートとそれらを取り巻く環境は、美学や美術史だけでなく、隣接する他分野、たとえばパフォーミングアーツ、建築、都市計画、公共政策、政治学、人類学、生物学、農業、コンピュータ・サイエンスなどとの連関が見られる、ということをまずは認識することが重要な課題であると分析します。そうした世界の状況下にあって、いかにしてキュレーターやアートマネジャー、そしてアーティストたちはこうした拡張し続けるアート/社会と対峙し、分野を超えて橋渡しをしつつもそれをマネジメントしていくのか———同研究科が目指そうとする方向性は、これからの時代にとって、極めて正しい方向性であると強調しました。またそうしたアートと対峙する私たち自身の“美学”や“美学的体験”にこそ、アート/社会の可能性や新しい価値の創造が秘められていると主張しました。

文化的再生やコミュニティとの協働についての研究者として知られる、マレーシアのインディペンデント・リサーチャー、ピライ氏は「SEA(Socially Engaged Art)における大学—コミュニティ間の関与の経験」というテーマで、とりわけ東南アジアの事例を挙げつつ、その重要性を指摘しました。例えばSEAにおける文化的集団は、1970年代の学生運動に刺激を受けた学生たちによって始まるが、その後、市場経済や右翼政治による独裁的な開発政策によって軽んじられてきたコミュニティに焦点を当て、自分たちをそうしたコミュニティの“中で”あるいは“とともに”あろうとしてきた人たちもいます。具体例として、シンガポールにおける高齢者の福祉やリハビリと連動させたプロジェクトや、タイにおける難民コミュニティと協働プロジェクトなどの事例を挙げつつも、そうした文化的集団と大学がパートナーシップを組むことで、短期的なサイクル/長期的なサイクル、限られた予算/豊富な文化資源、現場からのレポート/分析的なレポート、実践/理論など、お互いの弱点を長所で補い合うことができると強調しました。また今後、芸術制作のプロセスや場づくりの活動を通して、文化的生産、文化的な技術・知識・資源の伝達、そして地域における様々な課題の解決を促進していくために、大学—コミュニティ間の関与がますます重要になっていくだろうと指摘しました。

report079-05ジャスティン・ジェスティ助教授 | ジャネット・ピライ氏     

キュレーションを専門とする長谷川教授は「グローバル・キュレイトリアル・プラクティスへ向けて」というテーマで、国際的に活躍するキュレーターを育てるにはどうすれば良いのか、そのためのビジョン、戦略、方法論の重要性を改めて強調しました。芸術分野における理論は、これまで欧米中心に発展し、その体制からなかなか逃れられません。そうした欧米中心の体制を脱構築していくためには、世界観を明確に持つこと、ユニークであること、身体性(空間感覚、五感)を持つこと、リサーチする能力、テキストを書く能力などが必要であると強調しました。本研究科キュレーションコースでは、例えば自分でキュレーションやプロデュースをしたことがあるアーティストやパフォーマー、あるいは(海外からの招聘も含めて)異分野の専門家を呼んで話を聞く機会を多く設けています。学生はそのような環境に身を置きながら、展覧会の実践を通して、複数のものを同時に考え、視覚的/身体的な伝達手段で見せて、構築的に意味を生産していくことを目指していると強調しました。

アートマネジメントを専門とする熊倉教授は「アートプロジェクトにおける市民と大学の共創」というテーマで、自身の研究室の活動———アートマネジメントに関する基礎的な理論を学びながら、アートプロジェクトのマネジメントの現場に携わり、理論と実践の往還を目指す———を紹介しました。足立区における実践を事例に挙げつつ、現場で空間(space)ではなく場(place)をいかにつくりだすか、表現行為が今日の社会の中でどのような価値を持ちうるのか(作品と観客の関係性、作品への参加の関わりしろ)、様々なもの(場所、人、まちの歴史・特徴)を文化資源へと変えていく芸術の力、芸術が人と人をつなぐメディウムとなるプロセスなどの重要性を指摘しました。そして最後に理論と実践の往還によって、実践的な研究者を育成していくことが当研究科の使命であることを改めて強調しました。

report079-06長谷川祐子教授 | 熊倉純子教授 

今後も国際芸術創造研究科は、グローバル化する社会における芸術文化の創造と大学の未来を探り、その成果を広く国内外に発信していきます。

On July 3, 2016, Tokyo University of the Arts Graduate School of Global Arts hosted an inaugural symposium at the Faculty of Music’s Sogakudo Concert Hall to celebrate the launch of the course in April.

The new graduate school was established as an independent school that aims to conduct, from international perspectives, interdisciplinary education and research with their foundation in “creativity” and “dissemination,” linking various areas within the field of the arts. It has become the university’s fourth graduate school, joining the Graduate Schools of Fine Arts, Music, and Film and New Media.

Six panelists from both Japan and overseas took part in the sessions of the symposium, where they shared with the audience their reports and visions on the theme of “The Creation of Arts and Culture, and the Future of Universities” in the context of globalization, as specialists working at the forefront of the field.

The panelists consisted of Prof. Shunya Yoshimi (Professor, Tokyo University), Prof. Myungkoo Kang (Professor, Seoul National University), Prof. Justin Jesty (Assistant Professor, University of Washington), Ms. Janet Pillai (an independent researcher), Prof. Yuko Hasegawa (Professor, Graduate School of Global Arts, TUA), and Prof. Sumiko Kumakura (Professor, Graduate School of Global Arts, TUA), along with Prof. Yoshitaka Mōri (Professor, Graduate School of Global Arts, TUA) as the moderator.

The Graduate School of Global Arts continues its efforts to develop arts and culture, while exploring the future of universities in the age of globalization, and to disseminate the outcomes both domestically and internationally.

report079-01

report079-02

report079-03