ASAP実施報告:GEIDAI/VCA Workshop Project and Exhibition Cross-Cultural Self Portrait, Trans-Contextual Practice
September 21, 2018
アーツスタディ・アブロードプログラム(ASAP)とは、国際舞台で活躍できる優れた芸術家の育成を目的として平成27年度に開始した、学生の海外での芸術文化体験活動を促進する実践型教育プログラムです。国際経験豊富な藝大教員陣によるサポートのもと、参加学生自らが主体となり、海外渡航を伴う展覧会や演奏会、上映会、研修への参加、協定校への訪問等プログラムを実施します。 |
実施事業概要
事業名称:GEIDAI/VCA Workshop Project and Exhibition Cross-Cultural Self Portrait, Trans-Contextual Practice
実施者:美術学部絵画科油画
渡航先:オーストラリア(メルボルン)
参加学生数:5人
実施時期:2018年8月(9日間)
成果概要
本事業はアーツスタディ・アブロードプログラム(ASAP)として、オーストラリアのメルボルン大学ビクトリアンカレッジオブジアーツ(The University of Melbourne Victorian College of the Arts 、文中以下 VCA )をパートナーに両校の学生による共同制作と展覧会を主軸に実施。中心となった東京藝術大学版画研究室とVCAのドローイング&プリントメイキング(Drawing & Printmaking)のクラスは10年以上に渡って交流をもち、2018年度より正式に交換留学生の行き来が始まった折に本プログラムが実現されたことは今後両校のパートナーシップの発展に大きく寄与すると言えるだろう。メルボルン滞在中にはVCAの学部長ジョン・カタパン教授(Prof. Jon Cattapan)とも今後の交流について非常に有意義な意見交換を行うことが適った。
2017年10月よりプログラムにおける講師及びコーディネーターとしてキャシー水野(Cassie Mizuno)氏を迎え本学参加学生によるグループセッションを継続、約半年に及ぶワークショップやセッションにより、今後必要となる英語のコミュニケーション能力の向上、またパートナーとの共同制作を実現した。
2018年6月に講師のジュリー・アーヴィング(Julie Irving)氏、エイドリアン・ケレット(Adrian Kellett)氏とともにVCA参加学生が本学へ来校し展覧会「Cross-Currents-横断する潮流」を実施、その後同年8月に本学参加学生、教員がメルボルンへ渡航しVCAでの展覧会開催に繋がる。
特筆すべきこととして、今回のプログラムでは両校の学生同士が1対1のペアとして課題に取り組み、共同制作した作品を最終的にインスタレーションとして展覧会での発表に繋げるという点が挙げられる。結果として、形式的に作品を並べるという展覧会ではなく、学生一人一人が文化背景への理解や取り組みの違いに向き合い、問題解決、新たな課題発見のプロセスとして展覧会が導き出された。
海外において同世代のアーティストと制作を行い展覧会を実現するという実践的学びによって得た学生達の経験、確固たる自信と繋がりが今後の彼らの活躍と研究に間違いなく発揮されることが何よりの成果である。
体験記
- 今回の渡航は昨年10月から継続的に続けていた、オーストラリアVCA (Victorian Collage of the Arts)と東京藝術大学の両版画研究室のコラボレーションワークショップの総決算となるようなものでした。メルボ ルン市内での滞在は12日間の中で、展示の設営、今回のプロジェクトに関するディスカッション、VCAの構内設備見学、メルボルン市内探索等を通しながらVCAの学生との交流を深めることができました。日本とオーストラリア間の文化の類似点と相違点など新しい知識を体感することもでき、それは今後の制作のた めのいくつかの気づきをもたらしてくれたように思います。
プロジェクトの開始当初は相手の顔もわからないまま、文書と作品のみのやりとりの中、手探りでの共同 作業を続け、今年の6月に初めて相手校のパートナー達と会うことができました。そして、VCAの学生と藝大での1回目の設営が行われ、今回8月の私たちの渡航でメルボルンでの2回目の展示を行うことができまし た。この二つの展示は同内容ながらも、環境、状況、感情、あらゆるものの違いのため、プロジェクトそ のものの実験性に沿うような、即興性を交えた大変刺激的なものになったように思います。今回の共同作業は一つの作品を作る上で複数人が関わるために、その作品の主体性がどこにあるかが絶えず揺れ動くものとなりました。私個人の普段での制作ではそういったプロセスは正反対のものであり、共同制作中では
大きく思考の転換をせねばならず、その不自由さと新たな自由さに可能性を感じることができたとともに、私の普段の制作を振り返る契機にもなりました。
パートナーやVCAの先生方とのやり取りでは、まだ慣れない英語に不甲斐なさを強く感じながらも、そういったコミュニケーション能力の大切さを再認識することもでき、こういった部分もまた重要であったように思います。
VCAの学生との交流と制作といった当初の思惑以上に学ぶことが非常に多い旅であり、自身の無知を痛感したような旅でもありました。今回の体験をこのままで終わりにすることなく、継続的にまたメルボルンの学生と連絡を取りつつ、より一層の収穫を得たいと思います。(版画第一研究室・修士課程 2年)
- 本事業は①ドローイングやテキスト等の創作物を手紙の様に交換し合い、それを元に版画作品を共同制作する、②お互いの大学を訪問し、計二回の展覧会を設け二人でインスタレーション作品を制作する、という二段階構成のワークショップである。
特定の個人としての情報を明かさない状態で、創作物のみを媒体として自らを発信することは、私にとって初めての体験であり、想像以上に「アイデンティティ」「自らが発信すべきことはなにか」を意識させられた。一方で受信する側の立場のアクションにおいては、創作物それ自体を見つめる他ないという純度の増した状態であった為、複雑さは無かったと言って良い。この情報の純度という観点、またパーソナリティを隠すことが作品にとって「純」であるのかどうかという観点自体に対する問い、これらが①の段階での成果である。
想定外であったのは、自らより相手から要素を抽出することが円滑に進むということであった。実際に対面してのやりとりを始めてその傾向は現れ、人格を隠した状態でのコミュニケーションと他方の其れがそれぞれどの様な役割を果たしていたのかを、よく知るに至った。後者においては作品における核ではなく、双方の創作の周辺環境の話に自然となり、それだけで展示は成立した。
そしてこれらの結論を帰着させるにあたって、最後にオーストラリアという他民族国家の地に渡れたことは、とても大きな意味を持っていた。アボリジニ文化に強くインスピレーションを受けた現代アートや、日本国内で見られる西洋画とオーストラリアの美術の変遷の意味合いの異なり方、また人々の生活現場を見ると、いかに先ず自身の由来・自身がどういう人間であるかの主張が必要とされているのかが解る。日本国内でアートの創作発表に身を置いていると必要とされない「自身を省みる行為」が何であるか、オーストラリアの文化に触れる事で学ぶに至った。(美術研究科絵画専攻版画第二研究室)
- 今回のプログラムがきっかけとなって、様々なタイプの作品とインストール方法を経験できました。先回実施した芸大の油画ギャラリーより、VCAのスペースはもっと純粋な白いキューブのようでした。先回の経験によって、ペアーとともに自分の場所を決めて、インストールすることにしました。先生は私たちにtonerでアルミ版に書く製版を紹介してくれました。解け墨のような描き方が一日で製版できることは、私たちにとって、新しい発見だったと思います。アルミ版を磨いて、石版みたいな表面にするプロセスを見ることができました。
メルボルンは色々な移民がいるからこそ、でき上がった都市です。世界のどこの国の料理でも見つけられ、地元の人々の日常になります。都市内の観光地は歩いても遠くなく、路面電車が結構発達しています。ギャラリーの数もすごく多いですが、版画に関するギャラリーは展示の仕方が下手だと思いました。作品の陳列はお互いに関係がほとんどないし、飾る場所を使うだけです。
ビクトリア美術館内で、一番好きな空間は常設展の収蔵したビデオ作品です。特別作品の放映室は鑑賞者が物語の世界に連れていかれます。日本の美術館より映像の作品の展示の仕方が強いです。館内の収蔵はデザイン系の作品も一緒に含まれていて、例えば日本で有名なブランド三宅一生と田中一光のコラボレーションも収蔵されていました。二階の一部空間は日本の芸術を紹介しており、水性木版画、日本画、宗教の彫刻、屏風と工芸など、全てを見ることができます。(版画専攻第二研究室修士2年)
- 今回のプロジェクトではオーストラリアのVCA(ヴィクトリアカレッジオブアーツ)の学生と東京芸術大学版画研究室の学生で版画を通したコラボレーションワークを行いました。コラボレーションの相手は昨年の10月にランダムに選ばれ、それ以降は作品と文章のみでのやりとりを重ねました。日本~オーストラリア間で郵送しあいながら版画作品を制作し、今年の6月に日本での展示、そして今回のオーストラリアへの渡航中にこのプロジェクトの集大成となる展示を行いました。共同制作、展示をする際、言語や文化の壁のある相手とのコミュニケーションにはじめは不安がありました。手探り状態のなか、通じないもどかしさに不甲斐ない思いをすることも多々ありましたが、逆に感覚で通じ合えることもあり、最終的には充実したコミュニケーションがとれたと思います。そしてなにより制作時間中、特に搬入日の共同作業はすごく時間が過ぎるのがあっという間で、作ることの楽しさを改めて実感できた良い機会だったと思います。VCAの学生との制作を通した交流は自分にとってとても有意義で貴重な経験になりました。このプロジェクトが終わっても継続的に連絡をとりながらお互いの制作に良い影響を与えあっていけたらいいなと思います。(版画専攻第二研究室修士2年)
- 今回のプロジェクトでは、「cross currents」というオーストラリアのVCA大学と日本の東京藝術大学の版画専攻の学生たちのコラボレーションによる版画インスタレーション作品の制作をするプロジェクトであった。それぞれの学生が2~3人のグループになり、相手の名前や性別は明かさずに交互にマテリアルやドローイング、センテンスなどを送り、そして、版画作品を作る。版画作品はお互いに一版目を制作し、その後互いに送る。全レイヤーは3版で構成された版画作品が二点完成する。完成された版画作品を互いの大学で展示をした。
版画のレイヤーを重ねるという作業的な動作は一種のコミュニケーションであると考え、面白みを感じた。育ったところも違えば、言語や価値観も違う。唯一共通していることが版画を制作しているということだ。
また街中を歩き、オーストラリアの美術館やギャラリーを見て回り、その土地の人たちの価値観を知ることでメンバーとの考えの受け入れやすさや感じ方の理由も理解しやすくなった。コントラストの強い色やカラフルな色のチョイスが多かった。また街の壁にはグラフィックアートが数多くあった。政府が支援しているアーティストもいると聞いた。私は今回のプロジェクトで自分の価値観や考え方が広がったと大いに感じた。自分の国だけでの制作だけをして過ごしていた分、感じたりしたことが強かった。
今回のプロジェクトで用いた版画といった技法・素材を扱い、制作することに意味のあるものだと考えている。版画作品は重なり合って、色味やインクの質感、画面の構成、一種のマテリアルになり、コミュニケーションの媒体になる。自分が作った版をお互いに重ねることは自分の証や相手へ向けたもの、制作をする行為の痕跡を重ねるこでお互いに会話ではない動作でのコミュニケーションを得たことになる。実際に私は送られてきた版画作品を切り、コラージュした。このようになったきっかけも全て相手から送られてきたマテリアルやセンテンス、ドローイング、興味がある作家から得たものであった。
私は性別や年齢よりこの人はどういうことに興味があるか、色味、温度感、筆圧を重要に考えた。私はシートからチェーンの形に切り取り、そして余白から出たシートが歯に見えたことからこれはある意味では私の相手から受け取ったイメージだと伝えた。面白いことに相手はこの制作をしているとき歯医者に通っていた。痛かったと笑って話してくれた。偶然かもしれないが、言語という手段以外の方法として作品を作ることで相手のこだわりや思いが汲み取れてくる。肉体的なイメージの中にも見えない縛られた感覚を感じるセンテンスや写真が含まれていた。私はコミュニケーションの素の口に着目した。肉体的や言語の縛りを感じていた。そこで、タイトルは親知らずとつけた。理由として、余計な歯といった肉体的な要素も含めれば、余った存在とも意味した。私は途中から入った3人目のメンバーであった。そして、感覚や言語にも私の国でしかないこともたくさんあり、私は日常的に多く使っていることを自覚し、気持ちを伝えるときの歯痒さを感じた。そこから、私は切り抜いたチェーンを生えてきた歯が抜け落ちた感覚で床にばらまいて展示をした。歯が抜け落ちた表現は、日が経つにつれ段々とお互いを理解し始めてきたため、ばら撒いたのである。(美術研究科絵画専攻版画研究分野 修士1年)