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ASAP実施報告:グローバルアートにおけるアジア現代美術の現在

December 07, 2019

アーツスタディ・アブロードプログラム(ASAP)とは、国際舞台で活躍できる優れた芸術家の育成を目的として平成27年度に開始した、学生の海外での芸術文化体験活動を促進する実践型教育プログラムです。国際経験豊富な藝大教員陣によるサポートのもと、参加学生自らが主体となり、海外渡航を伴う展覧会や演奏会、上映会、研修への参加、協定校への訪問等プログラムを実施します。

 

実施事業概要

事業名称:グローバルアートにおけるアジア現代美術の現在(アジアにおける国際交流協定校との連携強化・展開)
実施者:先端芸術表現科、グローバルアートプラクティス(GAP)専攻
渡航先:タイ(バンコク)、インドネシア(ジャカルタ、ジョグジャカルタ)
参加学生数:8人
実施時期:2019年11月(13日間)

成果概要

バンコクでの活動

東京藝大の国際交流協定校であるシラパコーン大学との共同授業とリサーチワークショップを行なった。

ワークショップはシラパコーン大学のジャカパン准教授とシラパコーン大学が中心となって、数年かけて続けているバンコク市内ヤワラート地域にあるチャイナタウンでのプロジェクトをベースに行われた。タイ王国では古くから中華系のコミュニティがあり、バンコクのヤワラート地域はその中でも最大かつ非常に重要な地域である。
近年、この地域に地下鉄が通ったことで地域の再開発や住民の変化、コミュニティの変化など様々な問題に直面している。ワークショップでは初めにシラパコーン大学の建築教員や地域研究者のレクチャーで地域理解を深め、その後藝大とシラパコーン大学の学生がグループになり2日間かけて地域を散策するなどリサーチをし、最終日にその成果を発表した。3日間という本格的なリサーチには短い期間ではあったが、その中でできる最大限かつ様々なことをグループで行なった。あるグループは実際に地域で活動する商店の人々やお寺の僧侶に飛び込みでインタビューをしながら映像を作り、別のグループではコミュニティが共同でコミュニケーションを図りながらその成果物が装飾やデザインになっていく提案など、コミュニティや関係者が身を乗り出すような提案も生まれ、大学とコミュニティ双方にとって非常に有意義な機会となった。短時間ではあったが観光では到底到達できない経験を現地の同世代の学生と行い、今後にもつながる関係性となった。

シラパコーン大学とのワークショップ

インドネシアでの活動

多くのアーティストからインドネシアアートの母と慕われるメラニ氏にインドネシアの現代アート理解と、インドネシアで特徴的なアーティストコレクティブの活動を中心に視察した。メラニ氏は元医者で、インドネシアアートの重要なコレクターでもあるが、インドネシア滞在中ほぼ全行程で同行してくださり、非常に気さくに学生ともコミュニケーションをとり、学生と教員共にあらゆることを彼女から直接学ぶ機会を得た。彼女の人脈のみならず今村教授、小沢教授の人脈により全ての美術館、施設でディレクターからの直接的な説明、インドネシアを代表するアーティストのスタジオ訪問など、個人旅行ではできない機会となり、タイトな日程にも関わらず学生のモチベーションは一切落ちることなく日程を進めることができた。

アーティストHeri Donoスタジオ訪問

Pasar Seni Ancol Art Center 訪問

ジャカルタにおいてもAkili美術館やアート施設Pasar Seni Anchol Art Center、インドネシア国立美術館などを回ったが、やはりもっとも貴重な機会となったのは次回のドクメンタのアーティスティックディレクターに選ばれているルアンルパも中心メンバーとして活動するGUDSKULの訪問とワークショップであった。ルアンルパはASAPでジャカルタに訪れる以前にもGAP専攻で日本に招聘して授業を行うなどしていたが、実際にルアンルパが活動する現場を訪れてその活動や雰囲気を体感することが重要であった。GUDSKULでは彼らの活動の紹介やレジデンスで滞在する若手アーティストのプレゼン、藝大側のプロジェクトや参加者についてのプレゼンなどお互いに情報共有をした後に、ワークショップを行なった。ワークショップではお互いに教える立場と教わる立場に別れて交互に話をすることをきっかけにディスカッションに発展していくのだが、終了の掛け声があった後も参加者が席を離れず1対1で始まったものが次第に4人、6人と増えてディスカッションが終わらない状態となった。普段一歩引いてしまう学生も参加していたのだが、身を乗り出すように話しあっていたことが非常に印象的であった。 ジョグジャカルタにおいては非常に様々なアート関係の施設やコミュニティを訪れ、現在東南アジアの現代アートの中心の一つとして盛り上がる現場を知ることに努めた。世界遺産のボルブドゥール遺跡、ブランバナン遺跡も訪れ、インドネシアの古今の文化とアートについて多様なインプットを行なった。

世界遺産プランバナン寺院視察

社会的な状況から活動するアーティストコレクティブやアートコミュニティ、それを全力でサポートするコレクターなど日本のアートを取り巻く状況との違いや、インドネシアの中でも地域や都市によって様々な相違点があることなど、学生は非常に多くの刺激の中、東南アジアを起点に日本まで含めたアジアに対する理解と視野を急速に開いていったことが見受けられた。

体験記

  • 本研究旅行に参加できたことで、作家として今後の方向性を再考する機会に恵まれました。
    特に、インドネシア、ジョグジャカルタで草の根的に行われている芸術教育や地域活動が印象的でした。最終日に訪問したIndonesian Visual Art Archive(IVAA)では、地域、コミュニティそれぞれが自分たちの共有財産としてヴィジュアルアートのアーカイヴを作る取り組みをしていました。トップダウンで大きな組織や国が選別した知識や情報を次世代に伝える方法とは異なり、地域に暮らす一人一人が少しずつ関わることで支えられ、自分たちの歴史や暮らしを自ら語り継ぐことのできるエコシステムがそこにはあり、非常に感銘を受けました。
    翻って自分自身を考えてみると、学生として受身になりがちだった自分の姿勢や、社会や組織の常識に囚われ、気付かぬうちに自分の行動も発想も萎縮しまっていたことを痛感することとなりました。また、歴史認識の相違、乖離、大きな組織による検閲行為など日本の国内外で問題となっている閉鎖的な社会のあり方、周辺国と殺伐としている多くの国の状況についても考えさせられました。私自身、使い古された古着、家庭から出る布のゴミを素材として作品制作を行っていることもあり、普段の生活に地続きの場で人と社会とをつなぐ現在進行形の芸術表現の必要性を再認識することができました。布が衣服を身につける私たちにとって最も身近な日常的な素材として生活や労働、ジェンダーの問題など多層な意味を内包している素材だからこそ、今後は滞在制作などを通じて、地域の人の生活が見える距離で関われる制作活動を模索していきたいと考えています。
    (グローバルアートプラクティス専攻修士2年)

 

  • In 2017, I visited the exhibition SUNSHOWER: contemporary art from the southeast Asian 1980s to now at Mori Museum. I was so impressed by the bold artworks made by southeastern artists and I could feel their concerns and empathy towards the society and environment around themselves. I have never noticed this area before I came to Japan and that was my first time seeing such a large southeast art exhibition. As an artist who also focuses on social and political issues, I felt the resonance with the artworks. In 2019 when I heard of the ASAP program I applied immediately because experiencing southeast society has always been my dream so I can know how and why could southeastern artists could make such powerful artworks.In Bangkok, we stayed in Yaowarat, Chinatown in Bangkok. We got to know part of the history of Bangkok, Chinese immigrants, the development as well. During the workshop with Silpakorn University’s students, thanks to their kind guide and help we could experience many local street-views, temples, restaurants, of course, we could have conversations with local people.Thanks to Melani’s generous help and accompany, we had a fantastic trip in Indonesia, including meetings with artists, excellent exhibitions and wonderful food as well. She was like our mother, kindly organizing everything for us. In Jakarta, we visited Akili Museum and I was so impressed by the collection. There were a lot of good contemporary artworks from all over Asia, not only with artistic value but also social value. I also had conversations with interesting artists who also focus on feminism in Gudskul, we talked a lot with each other, got to know more about the history of each other’s countries. Besides, we visited the Indonesian national gallery and XuBing’s solo exhibition which were really exciting.After that, we spent around one week in Jogjakarta, an amazing city. Different from Jakarta, the first thing came into my eyes was excellent graffiti on colorful walls. Sunshine and the crowds told me that this is a vivid city full of energy. I saw the rickshaws, carriages, vendors selling newspapers that told me people in this city are living at their own pace. Soon, we visited the first gallery Kedai Kebun Forum to see the solo exhibition of Indonesian artist Adi Sundoro. His powerful and beautiful works telling stories of 1965 impresses me a lot. We also visited Cemti Institute for Art and Society, which has amazing collection and artist residency. We visited artists’ studios including Mohamad ‘Ucup’ Yusuf, Heri Dono, and Entang Wiharso. We had the opportunity to see their finished and unfinished works that haven’t been released yet, talk to them directly, to know their creating process and what they are thinking about.On the last day, we had an exciting gathering at Whaton house. This restaurant was hidden in a small community, but it had everything like beer, pork, and music. We met excellent young artists and had dinner with Irwan, Tita, and Entang. I had a long conversation with Irwan and he told me a lot about Indonesian history.Jogja biennale hit my heart as well. I could see the museum was not well equipped, but that made the artworks more powerful exactly. They were born there, shown there, as part of the local environment but not just a fancy decoration put in a modern museum being stared by people from the outside world with only curiosity. Of course, I am curious but in Jogja, I felt like I became part of Jogja. I was not only looking at artworks from other countries but also looking at everything around me.As far as I’m concerned, most of the artworks I saw in Indonesia were extremely political and I could talk about politics with any artist there. That made me a little surprised because, in both China and Japan, I have met a lot of artists who keep saying “I don’t care about politics”. I rethought the relationship between art and politics again; do we have a mission? What is our mission? If an artist does not care about politics, would he/she be selfish? Is it common sense to care about others, the society, to help the weak, to speak for those who cannot, to reflect the history, to alarm those who are trying to make tragedies happen again? The Indonesian artists showed me their concerns and empathy that a lot of artists are losing. I still cannot figure out if an artist has a mission or not, but art does.
    (グローバルアートプラクティス専攻修士2年)

 

  • 今回の旅は自分にとってとても貴重な経験になりました。自分は東南アジアについての知識が薄かったからかもしれませんが、最初についた時いろいろ不慣れでしたけど、すぐにその土地の自由さと純粋さに気づき住みやすいところだと思いました。普段日本で見えないものや、経験できないできことをたくさん体験しました。その中で一番印象深かったのは当地の人々の優しさと純粋さでした。アーティストと環境のお互いにもたらす影響の大きさについても改めて考えさせてもらいました。今回タイとインドネシアでたくさんのアーティストや芸術関係者にあってお話しすることができました。そこにしかない芸術、そこの人にしか作れない芸術の価値を当地のアーティストたちの作品を見て感じました。芸術だけではなく、人間の「本質」を感じられる作品も多々ありました。自分にとって一番勉強になったのは作品の作り方や、スキルのこととかではなく、作品を作る意味、そしてこの広い世界をもっともっと見るべきことでした。ロンドンの大学でグラフィックを勉強していた頃も、芸大に来た後も、いつも一人で作品のことを考えて作ってきました。この旅で出会ったアーティストたちを見て今まで自分がグループワークに対する認識が深く変わりました。大きなひとつの目標をもとに、一人一人の意見と個性を生かせるアーティストグループには無限の可能性があると感じました。自分もこれからいろんな方法を試して作品を作り続けていきたいと思いました。
    (先端芸術表現科修士1年)

 

  • ASAPで得た体験は、自身にとってこれまでになく学びの多いものでした。これまで東南アジアに抱いていた漠然としたイメージが覆され、自分がどの視点から物事を見ているのか再認識する機会でもありました。自身が滞在を通し強く実感したことの一つは、自身が東アジアの島国に住んでいる人間だということです。ジャカルタでは、ルアンルパが主催するグッドスクールというプロジェクトが行われています。今回藝大とグッドスクールが共同で取り組んだワークショップは、2人ペアがそれぞれ教師・生徒役となり、自分の知っていることを教え合うというものでした。
    私がペアになったソルさんは、インドネシアにおける1998年の暴動事件がいかに現在でもタブー視されているか、そしてインドネシアにおける表現の規制の現在について教えてくれました。事件当時彼女は13歳で、その時の状況を今でもよく覚えているそうですが、それについて公に語ることは政府だけでなく主に親族から厳しく規制されているそうです。政府からの大きな規制と、家族という単位の小さな規制という2重の規制が存在していると話してくれました。その中でも彼女が「我々は歴史を学び、振り返らなければいけない。同じ過ちを繰り返さないために。」と語っていたのが印象的で、それは自身にとって重要な問題であると感じました。
    それまで自身が東南アジアに対して漠然とした想像しか持っていなかったことに対して反省するとともに、今住んでいる日本という国の歴史が他国からどう見えるか、例えばインドネシアに住む人間の立場から見るとどう見えるのか、と想像しました。インドネシアから羽田へ帰国し外に出た瞬間日本の寒さに驚いたのですが、同時に日本から見て東南アジアは南国のように思えるが、東南アジアから見れば日本が北国なのだという当たり前の事実にも気づきました。この滞在を通し、どこを中心として世界を見ているのか、という認識を持つことの重要性を学ぶことができたと感じます。
    (先端芸術表現専攻修士1年)

 

  • 「それが良いか悪いかは別として…」近頃日本でこの枕詞をよく耳にする。自分自身も、よく口にする気がする。こう言う必要があるのは、良いと思う、悪いと思う、価値観が人によって異なるとわかっているからだ。つまり、はっきりと価値観を定めていないことが増えていて、そしてそのことを尊重しなければならない、そんなときにこの一行が必要なのだ。
    さて、訪れたタイとインドネシア。国という枠の中でも多くの違いがみえた。道中で再会した、インドネシア人の友人によれば、この2国は”same but different” だという。自分が人生の大半を過ごした日本と米国に、こう言える国や地域はたぶんない。いずれも「発展途上国」「周縁」のようなラベルを外からは貼られ、その内部では、良い、悪い、という価値観は時として残酷な記憶をひねり出しながら、大きく揺れてきた。その中でアーティスト達は、はっきりと良い、悪いを表現する。自分はそこに痛快と危険を感じる。冷や冷やする。例えば、日本の東京の大学から自分たちが訪れたことを彼らはどう思ったのか。舶来の商業主義を皮肉に痛烈に描いた絵が、一層皮肉に痛烈に感じられるのは、それをプリントしたTシャツとして売るのを見たときだ。このしたたかさ、それが頭から離れない。
    これだけでは一見暗いだけの文章になってしまいそうなので、もう少し明るいテーマを1つ。この事業で出会った人たちは、みなユーモアを持っていた。真剣さとともに。だから、これは単に面白いことを慣用句的に思いつけるユーモアではなく、自分と相手の距離を把握して、暗いところでもどこか前を向けるようにするユーモアだ。それを生み出して、伝えられるのは、これまでの「グローバル」なアートの文脈で、光の中に居続けてきた存在ではなく、その影に潜んでいた人たちだからだろうか。プログラムの約週間が終わって帰り着いた成田は冬の雨、だが今、自分の中には、それを少し照らしてくれる、陽のようなあたたかさが残っている。
    (グローバルアートプラクティス専攻修士1年)