ASAP実施報告:工芸史研究に関する日韓学生会議
September 07, 2019
アーツスタディ・アブロードプログラム(ASAP)とは、国際舞台で活躍できる優れた芸術家の育成を目的として平成27年度に開始した、学生の海外での芸術文化体験活動を促進する実践型教育プログラムです。国際経験豊富な藝大教員陣によるサポートのもと、参加学生自らが主体となり、海外渡航を伴う展覧会や演奏会、上映会、研修への参加、協定校への訪問等プログラムを実施します。 |
実施事業概要
事業名称:工芸史研究に関する日韓学生会議
実施者:美術学部芸術学科
渡航先:大韓民国(ソウル・プヨ)
参加学生数:5人
実施時期:2019年9月(4日間)
成果概要
芸術学科の学生に要求される「国際性」とは、海外の研究者との交流、国際会議においての研究発表や討論の経験にあり、2015年に中国の協定校で行った日中学生による工芸史の学術会議がきわめて高い学習効果を生んだことにある。今回、様々な海外協定校のなかでも韓国を選んだ理由については、日本工芸史は古代から韓国と不可分の関係にあり、日韓関係が底をついたといわれる現在、若い世代が言葉を交わし、お互いの方法論や考えを知ることは、きわめて重要と考えたためである。
具体的な内容は、本学芸術学科で工芸史を学ぶ学生と、国際協定校である韓国伝統文化大学校で工芸史を学ぶ学生が、文化財の共同見学、各自の研究発表とそれによる討論を行う学術会議を行い、韓国工芸とその研究を学ぶ機会を得ることとした。
初日はソウルに到着し、韓国国立中央博物館、リウム美術館の見学に出かけ、韓国美術工芸に直に触れる機会を得た。
2日目は、ソウルよりプヨの韓国伝統文化大学校に赴き、両校の学生が定林寺や国立プヨ博物館などに出かけつつ交流を行い、その後、会議のための事前打ち合わせを行った。事前に何度もやりとりを繰り返していたこともあり、すぐに打ち解けた雰囲気となった。
3日目は、韓国伝統文化大学校の教室において「工芸史研究のための日韓学生会議」を開催した。プログラムは午前中にチェゴンホ教授と片山が基調講演を各々行った。チェゴンホ教授の工芸史に関する講演は、グローバル社会において、差異ではなく、同質性を認めようとする内容であり、学生ともに感銘を受けた。午後は日韓の学生が3名づつ発表を終えた後に、それぞれの発表について討論者がコメントを投げかけ、発表者が答える討論を行った。両国いずれの学生も周到に発表準備をしたこともあり、学生会議とは思えないほどの高水準の内容となった。最後の討論についても、白熱した議論で時間をオーバーするほどの熱弁が交わされ、後の食事の席においても議論が続くほどであった。
韓国伝統文化大学のチェゴンホ教授をはじめ助教、学生がきわめて好意的にASAPのプロジェクトを受け入れてくださり、未来に向かってまずはお互いの相違を知り得た点で、本事業には大きな意義があったと考える。今後はこれにとどまらず、定期的な交流の機会を設けたいと考えている。
体験記
- <渡航準備>主な作業は発表準備・予稿集作成・論文集作成であった。自身の研究発表の準備を進めながら、予稿集・論文集作成のための事務連絡、打ち合わせを行うことは容易なことではなかった。しかし、成果を出しにくい修士一年の前期において学外発表の準備を経験することは、その後の研究を進める上で大きな糧となった。さらに研究活動の中で不可避である出版物の作成や、学外で活躍されている方との交流を経験することが出来、卒業後も活かせると思えるような学びを得た。
<渡航中>1. 韓国での博物館視察:今回の博物館・美術館視察では、普段の研究活動の中で目に触れるような貴重な資料を実際に鑑賞し、さらに富本憲吉の白磁壺や李朝の風景文の染付など筆者自身の研究分野に関係する資料も直接確認することが出来た。また国外の博物館を訪れることは初めてだったが、日本の学芸員課程で理想とされているような展示模型や映像資料などが自然に取り入れられており、大変刺激を受けた。
2. 韓国伝統文化大学校における学生学術会議:学術会議では、まず両校の教授からレクチャーを受ける機会を得た。崔公鎬教授の講義からは、視覚イメージからの分析にこだわらない、多角的な工芸史研究の視点を学ぶことが出来、今後の研究におけるアプローチを増やす機会となった。また片山まび教授の講義において語られた工芸におけるアイデンティティ、およびプロセス思考の確立は、筆者自身の研究内容に密接に関わる部分でもあり、今後の研究を進めていく上で非常に刺激を受けた。続いて筆者を含め6人の学生による研究発表があった。どの発表も、それぞれに工芸に関する緻密な分析に基づく内容で、筆者自身としては反省し見習うべき点が多かった。また、伝統文化大学校の学生は経済史や文化史など、工芸を取り巻く環境を詳細に考察していた点も参考になった。さらに初めて学外発表を経験し、韓国の方に日本では受けることの出来ないようなフィードバックを頂くことが出来た。
筆者は本事業を通して失敗も多く経験したが、今後の成長の糧となるような、工芸史研究に関するより深い知見、多角的な視点を得たのは大きな成果であると考える。
(修士1年)
- 2019年度ASAPの「工芸史研究のための日韓学生学術会議」のプロジェクトに参加させて頂き、事務作業から研究の在り方まで、様々な側面で学びがあった。 学術会議開催にあたっての準備は、修士課程の先輩方が中心となって進められた。筆者が担ったのは、原稿の取りまとめや名札の作成など補助的な役割であったが、発表準備や予稿集の編集・校正といった工程を確認する経験を得た。
渡航先では、会議の前日・前々日に国立中央博物館、定林寺址、扶余歴史博物館の見学を行った。国立中央博物館では授業や図録で頻繫に目にしていた陶磁器や金属器の作品を鑑賞し、中でも高麗青磁の釉色が同年代のものであっても大きく変化することを実感した。 また、日本の博物館・美術館と比較して特徴的であると感じたのは、映像・パネル等の補助資料が充実している点である。特に扶余歴史博物館では、国宝《百済金銅大香炉》のCG資料を鑑賞者によって操作できるタッチパネルが設置されており、作品の細部を様々な角度から観察することができた。
日韓学生学術会議は、片山先生と崔先生によるご講演ののち日韓の学生が各々の研究について発表を行う形で進行し、筆者はその模様の撮影・録音を行いながら参加した。ここでは両大学の発表が交互に行われたことでその相違点が浮彫となり、「工芸史」における研究の在り方の多様性を強く認識した。崔公鎬先生のお話や伝統大の学生による発表には、素材・技法を横断する試みや「工芸」の枠組みを大きく拡張するアプローチが見られ、自身にとっては非常に刺激的であると同時に、「工芸」の実態を把握するために共有すべき重要な問題意識であると感じられた。 今回の経験は、この先自身が形成する「工芸」観の礎となると共に、自身が芸術学を深める際に取るべき文化の共通性と多様性を前提とする立場を支え続けるであろう、代えがたいものであった。
(美術学部芸術学科3年)
- 渡航準備では冊子の編集メンバーに入れていただいたもののお役に立つことができず、会議で使う名札の作成のみを行いました。
到着後は活動の様子を撮影しつつ、博物館の見学などを楽しむことができました。初日に訪れた韓国国立中央博物館では工芸史特講・演習の発表準備中に図録で見た作品を実際に見ることができ、嬉しかったです。写真で見た色と違っていたり、想像していたよりも小さいと感じたりする作品もありました。実物を見ないと分からないことばかりだと改めて思いました。
会議当日は録音と写真撮影を行いました。しっかり聴こうと思いながら臨みましたが、あまり集中できませんでした。記録の仕事があったからというよりも、初めての海外で様々なことを感じたからだと思います。韓国には日本に似ている風景もありましたが、違う風景もありました。その中で多くの人が暮らしていて各々の人生があるということを目の当たりにすると、自分の世界の狭さや将来の選択肢の多さなどが痛切に感じられて、会議中も上の空になってしまいました。
終始関係ないことを考えていたので後ろめたい気持ちでいっぱいでしたが、懇親会の後で伝統文化大学校の学生さんと藝大の先輩方のちょっとした打ち上げに参加させていただいたところ、すぐに元気が出ました。会議の前は緊張した雰囲気だった皆さんがすっかり打ち解けているのを見ると私もつられて安心して、一緒に来られてよかった、楽しかったと思うようになっていました。
今回のASAPに貢献するようなことはあまりできませんでしたが、本当に貴重な経験をさせていただきました。見聞を広めることの大切さを感じ、学生のうちにとにかくたくさん出かけてみようと決めました。また、先生や先輩が韓国語を話している姿を見て、外国語が話せると世界が格段に広がるということを実感しました。中央博物館をゆっくり見られなかったのが心残りなので、韓国語を勉強して近々また行きたいと思っています。
(美術学部芸術学科3年)
- 今年度ASAP事業では韓国伝統文化大学との日韓学術会議を開催した。私は事業の進行担当を務め、学術会議当日は発表者として、研究発表と討論を行った。先様のご協力のためもあって、前日のツアーも含め学術会議は成功だったと言える。発表者としての学術会議参加・主催は初めての経験であったので苦労する点も少なくなかったが、韓国で同じく工芸を学ぶ学生との交流を通して、多くの学びを得る機会となった。
まず進行にあたって、言語の壁は片山まび先生を始め、留学経験のある学生や外部の方々のご協力を賜り、諸連絡および予稿集の作成などを円滑に行うことができた。また、学術発表における形式上で必要な工夫は片山まび教授にご指導を頂いた。
学術会議当日は、午前中は先生方のご講演、午後は学生による発表と討論という構成で執り行った。
崔公鎬先生のお言葉には非常に感銘を受けた。壮大なスケールから工芸を見つめることで、国際的・学際的に工芸を研究する意義を深く知る事ができた。世に知られていない自分の研究でも、これからの工芸を構築する上では重要な役割を担っている事を実感し、研究の大きな励みとなった。
私はハングル表記のスライドを用意し、できるだけシンプルに伝える努力をした。発表を初めて聞いた伝統文化大学の学生から「印象的だった、良かった」など声をかけて頂いたことは非常に嬉しく思う。また、発表後の討論は白熱したもので、私は研究上の問題点における本質的なことを指摘された。これには勉強不足を実感したが、自分の研究が韓国の工芸と思わぬ接点を持っていることに発見があった。
事前のツアーなどもあり、伝統文化大学の皆様には準備段階から細部に至るまでご高配を賜った。当日は私達を暖かく迎え入れて下さり、信頼関係を築こうと務めてくださった。お互いのことを理解したいという姿勢が、討論で忌憚のない意見を交わし合う事につながったと考えている。様々な背景・様々な視点を持つ学生と偏見なく意見を交わし合うことで時間は大変意義深いもので、韓国で研究に励む皆様を大変心強く思い「道伴」を得る貴重な機会となった。
研究者として途上段階の身ではあるが、この素晴らしい機会を糧に、工芸をとりまく学界の発展に寄与できるよう研鑽を積んで参りたい所存である。
(美術研究科芸術学専攻工芸史研究室 修士1年)
- 今年度の初め頃から、工芸史研究室内で役割を分担して準備を進めてきました。私は予稿集に掲載する投稿論文の執筆と、韓国語が話せるため現地での通訳と会議当日の司会進行を担当しました。普段は韓国語を使う機会があまり無いため不安もありましたが、片山まび教授やソウル現地で合流されたパク・ヒョンジョン先生のサポートもあり、落ち着いて対応することができました。会議当日は言葉に詰まってしまうこともありましたが、自身の成長を感じ、大きな収穫を得られたように思います。プヨにて伝統文化大学校の皆様とお会いし、初めは「言語の壁」を学生同士感じることもありましたが、あっという間に打ち解け会議以外の時間にも積極的に交友を深めていた姿に心を打たれました。会議当日は発表だけでなく討論も大変白熱し、研究に対する熱い思いを直に感じることができました。私自身も、海の向こうで工芸史を研究しているいわば「仲間」のような学生の方々と意見を交わすことができ、今後も工芸史を学びたいというエネルギーを頂きました。また初日のソウル市内見学や食事会など、会議以外で経験したひとつひとつの出来事が、祖国の文化・習慣について理解を深める良い機会となりました。
私個人の願いではありますが今後も伝統文化大の皆様との交流を続け、いつかまた今回のような機会が訪れればと思います。それだけでなく、日韓両国の美術史を学ぶ学生の交流が今後一層活発になることを切に願います。
(学部4年)