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ASAP実施報告:国際彫刻研究プロジェクト-ドイツ2019-

June 14, 2019

アーツスタディ・アブロードプログラム(ASAP)とは、国際舞台で活躍できる優れた芸術家の育成を目的として平成27年度に開始した、学生の海外での芸術文化体験活動を促進する実践型教育プログラムです。国際経験豊富な藝大教員陣によるサポートのもと、参加学生自らが主体となり、海外渡航を伴う展覧会や演奏会、上映会、研修への参加、協定校への訪問等プログラムを実施します。

実施事業概要

事業名称:国際彫刻研究プロジェクト -ドイツ2019-
実施者:美術学部彫刻科
渡航先:ドイツ(ミュンスター/ベルリン/デュッセルドルフ)
参加学生数:9人
実施時期:2019年6月(13日間)

成果概要

渡航前準備

まず、本プロジェクトの渡航前準備段階として、特に重点が置かれたのはミュンスター美術アカデミーでの交流企画展示に向けた展示計画である。昨年度のミュンスター美術アカデミー(University of Fine Arts Münster)、クラウス・ウェーバー(Klaus Weber)教授研究室の来日時に東京藝術大学絵画棟大石膏室で行われた展示『wipe bodies well a floor gets wet』では、日本の伝統文化や現在の社会風景のリサーチを行った上で、たいへん興味深いパフォーマンスとインスタレーション表現が提示された。これは日本人学生にとって、自身の所在する文化圏を外的な視点から実見することのできる貴重な機会であり、同時企画されていた「日独彫刻意見交換会」と合わせて本プロジェクトに向けたモチベーションの基礎となっている。対して、本プロジェクトでの交流企画展示は、日本の「東京藝術大学」、ドイツの「ミュンスター美術アカデミー」、世界展開力強化事業「Global Arts Crossing~中東地域との戦略的芸術文化外交~」(以下、GAC)招聘によるイスラエルの「ベツァルエル美術デザインアカデミー(Bezalel Academy of Arts and Design)」の学生および教員による3カ国それぞれの文化性や芸術大学の特色をクロスオーバーさせることを主目的として計画された。このため、日本、イスラエルからの参加学生は、自作品を自身で輸送(一部事前郵送)もしくは現地制作するという条件の中で、自身の作品・表現を海外で展示・提示することをいかに実現させるかという実践的な課題と向き合う事になったのである。このため、まず事前の展示計画策定は不可欠であった。展示担当係を参加学生より募り、現地アカデミー担当者との数次にわたるやりとりが行われ、展示計画提案のために各参加者の展示イメージスケッチや、作品プラン資料が全編英語で取りまとめられた。このように、渡航前から言語の違いや作品展示に対するスタンスやニュアンスをどのように解釈するかなどといった、参加学生の今後の国際的な活動の下地ともなる準備が行われたのである。また、並行してドイツでリサーチ対象とする芸術・文化・歴史施設、建築物の選定や事前の情報収集を行った。これを参加者全員で逐次共有したことは、貴重なプロジェクトの滞在日程を余すところなく活用することに大きく寄与している。

東京藝術大学-ミュンスター美術アカデミー交流企画展示/ミュンスター彫刻プロジェクト作品リサーチ

ミュンスター美術アカデミーでの交流企画展示は、当初から不測の事態に見舞われることとなった。参加学生の交流企画展示出展予定の作品を含めた荷物類のロストバゲージである。航空会社(参加学生はアエロフロート・ロシア航空を利用)側のトラブルによって参加学生および先発引率のGACスタッフも含めた全員の荷物が未着となってしまったことで、当初は展示計画の大幅な変更もやむなしと考えられた。しかし、参加学生達はミュンスター美術アカデミー学生のサポートも受けながら、限られた展示開始までの日数の中で、瞬発力や発想の求められる現地制作に果敢に挑戦したのである。 この間に現地学生やウェーバー教授を中心として作品のコンセプト、内容等のディスカッションが催された。学生たちにとって臨場感のあるディスカッションが実現し、ドイツ、イスラエルの学生と共に共有できたことは、たいへん貴重な経験となったであろう。 最終的に出展を予定していた作品のほとんどが到着したことで、交流企画展示『TOKÜNSTERALEM』(東京・ミュンスター・エルサレム、3大学の所在都市名を混合した造語)を当初のスケジュール通り開催することができた。展示会場では、日本で制作された作品と現地で制作された作品とが同時に展開されることで、参加学生は自身の表現の幅が大きく拡がったことを実地で目の当たりにしたのである。同世代の海外美術大学学生の作品と自作品が同時空間に出現するという光景は、参加学生に様々な文化・歴史的背景の存在と表現方法の多様性をより強く意識させるものとなった。 ミュンスターを舞台として1977年より10年に一度開催されてきた『ミュンスター彫刻プロジェクト(Münster Sculpture Project)』の作品リサーチも今回のプロジェクトの大きな目的のひとつである。レンタルサイクルを利用したミュンスター美術アカデミー学生のアテンドによる充実したリサーチは「公共空間と芸術作品の関係」という、現在も彫刻表現の大きな一角を占めるテーマを再認識する契機となった。参加学生達が、様々な彫刻作品が公共空間の景観に存在しているという状況について、非常に熱のこもった議論を行っていたことは非常に印象的であった。イギリスを代表する彫刻家ヘンリー・ムーア(Henry Spencer Moore)の野外作品を市内へ設置することの可否を巡る論争に端を発して開始されたという経緯と、これまでの長期間にわたるプロジェクトの足跡を辿りながら、その意義と現在への影響について再考する機会を学生達と共に過ごせたことは非常に有意義であった。一方で、プロジェクトの形態が変化している事も強く意識された。2000年代に入ってからの第4回(2007年)、第5回(2017年)と、屋内の展示スペースや美術館の空間で展開される作品が多く選出されている。時代と共に屋外公共空間を中心に彫刻作品を設置するというプロジェクトのスタイルに留まらない、新たな段階・概念や視点の拡張が進んでいる事が実感された。 ミュンスター滞在中には周辺都市エッセン(Essen)のバウハウス様式として名高い第12採掘坑を擁する世界遺産、ツォルフェアアイン炭鉱業遺産群(Zollverein Coal Mine Industrial Complex in Essen)にも赴いている。工業・産業国家としてのドイツの足跡を辿る事で、この側面が近現代の美術作品とどのような関係、あるいは影響を与えてきたのかについてが考察された。 今回のミュンスターでの滞在、ミュンスター美術アカデミーとの交流が、今後も東京藝術大学との間で大いに発展していくものと確信している。滞在中に行われた表敬訪問の中で、両大学の教員が交互に来訪し学生への特別授業を行うといった試みが可能かという議論が行われたが、非常に現実的かつ有意義なプログラムであるという見解で一致した。これは東京藝術大学の学生に広く国際的な美術表現のあり方や、その現在についてを学ぶ機会となるだろう。今後も実現に向けた検討と協議を行っていきたい。

ベルリン・デュッセルドルフ・ドイツ諸都市での文化リサーチ

ミュンスターでのプログラム終了後はベルリンとデュッセルドルフ、それぞれにグループで分かれての文化リサーチが行われた。デュッセルドルフグループにはベツァルエル美術デザインアカデミーの学生も参加している。ASAP対象の修士学生はベルリングループとして行動した。 ベルリンは、文化・芸術都市の中心として1830年代に建設が始まった「ムゼウムスインゼル(博物館島_ Museumsinsel)」の「旧博物館 (Altes Museum)」、「新博物館 (Neues Museum)」、「旧国立博物館 (旧ナショナルギャラリー、Alte National Gallerie)」、「ボーデ博物館 (Bode Museum)」、「ペルガモン博物館 (Pergamon Museum)」の五大博物・美術館を皮切りに、「ベルリン大聖堂(Berliner Dom)」、「シャルロッテンブルク宮殿(Schloss Charlottenburg)」をはじめとした歴史的建築物、さらに戦後現代美術の重要作品を収蔵した「ハンブルガー・バーンホフ現代美術館(Hamburger Bahnhof)」、また「ベルリンユダヤ博物館(Jewish Museum Berlin)」やホロコーストを追悼する様々な碑、東西分断の歴史を紹介した資料施設と、様々な視点や文脈で文化・歴史を見聞することのできる都市であった。ここでは割愛するが、学生がリサーチした現代美術ギャラリーも多数に昇り、近現代の芸術作品をこれほど重層的に実見できたことは、今後の作品制作に大いに反映されるものと確信している。また、ベルリンから鉄道で3時間強に位置するハルバーシュタット(Halberstadt)の廃教会を舞台として、前衛芸術に大きな影響と足跡を残した音楽家ジョン・ケージ(John Milton Cage Jr)作曲の最長作品である《Organ2/ASLSP》を639年以上という長期間をかけて演奏し続ける『JOHN-CAGE-ORGEL-KUNST-PROJEKT CAGE-HAUS』のリサーチにも学生達は足を運んだ。人間が実感することのできる規模をはるかに超えた時間を想定したプロジェクトによって生み出された空間の中で、過去・現在から未来へと続いていく時間の流れを体感することは、各自の表現や彫刻感に新たな視点をもたらす契機となった。 同時期にベルリンでは彫刻科金属研究室の前教育研究助手である井原宏蕗氏が「クンストクアティア・ベタニエン(Kunstraumkreuzberg / Bethanien)でレジデンス(滞在制作)中ということで、氏のスタジオを訪問する機会にも恵まれた。ここでは海外でのリサーチ方法や制作中の発見、三ヶ月間の滞在の中で直面してきた困難をいかにして乗り越えたかなどについて、非常に臨場感のある充実したレクチャーを受ける事ができた。これは学生達が今後の海外でのレジデンス活動への興味や意欲を、より一層具体的に検討できる機会となったのである。 デュッセルドルフでは、「K20」、「K21」、「KIT(Kunst im Tunnel)」といった現代美術館を中心にリサーチした。「K20」、「K21」では中国を代表する現代美術家であるアイ・ウェイウェイ氏の大規模個展が開催されており、ドイツ(ヨーロッパ)で展示されるアジア圏作家の作品を通して、今後の美術動向へと学生の意識や関心はより高まったと言える。 ドイツ東部に位置するベルリンと、西部に位置するデュッセルドルフは戦後の東西分断後に異なった都市復興を経たことで、その都市景観が異なっていることに注目する学生が多く見受けられた。ミュンスター、ベルリン、デュッセルドルフという3都市を概観できたことで、学生達は美術作品をリサーチするだけでは得られない体験ができた。 本プロジェクトは、彫刻科初のヨーロッパリサーチの試みであった。今回の参加学生には初めてのドイツ渡航という者もおり、今後の国際的な活躍を目指す姿勢を促進する経験や手応えを得る機会となった。帰国後もプロジェクト報告会の開催に向けて参加学生による資料編纂が続いているが、この同世代の視点により纏められた諸報告によって、他学生がより共感し、今後一層海外での活動へ興味を持つことを願うものである。

体験記

  • 今回のプロジェクトは、ミュンスター芸術⼤学での展⽰、交流、またドイツの⽂化に触れることがメインでした。展⽰に向け、⾃分は写真作品を制作しました。⾃分が制作した空間を撮影したものです。⾃分にとって今回のプロジェクトのタイミングはとても良いタイミングでした。なぜなら、⾃分は作家としての⾃分のスタイルが地に⾜が着いてないような感覚のまま探り続けていました。作家志望の⾃分はこのまま学⽣を終えることに不安を覚えていました。今年度の始めに⾃分のポテンシャルを⼗分に出せるアプローチが⾒つかりました。その試作がミュンスター芸術⼤学で展⽰できたことにとても感謝しています。
    その後の現地でのリサーチの⼀つに『4 分33 秒』で有名なジョン・ケージが作曲した『Organ2/ASLSP』をハルバーシュタットの廃協会で2000 年から639 年かけて演奏し続けるジョン・ケージ・オルガンプロジェクトを実際⾒に⾏けたことは⾃分にとってとても幸運でした。639 年という⽬の前にあるのに体感できない規模を⾳、空間で感じました。⾃分の中の時間やサイズの尺度が現実的な限界を超え広くなったような気がしています。この経験は確実に忘れられない経験になりました。負の遺産と⾔われているようにドイツでは20 世紀にホロコーストがありました。ホロコースト記念碑は後世のつなげ⽅として博物館的な⽅法の他に⼈が⾝体で感じるような⾒せ⽅がとられていたこともとても印象的でした。中に⼊ると、都会からの急な孤独感、厳粛な空間が続くように感じました。この感覚は今でも覚えています。今回のプロジェクトは制作活動、知⾒ともにとても有意義なものでした。このプロジェクトに参加できたことに感謝しています。ありがとうございました。(彫刻科修士2年)

 

  • 今回初めてヨーロッパを訪れた私が、最も強く感じたのは「私が今日接している現代美術は、西洋美術をルーツとするものであった」ということです。ドイツには古代から現代まで一貫して自国のアイデンティティとしての美術品を収蔵している美術館が多いことに、また、古美術研修で訪れた京都の寺社仏閣よりもドイツで目にした教会建築についての知識を多く持っていた自分自身に驚かされました。今後私は、日本での美術のあり様についてより深く考えていかなければいけないと感じています。(彫刻科修士2年)

 

  • 今回のミュンスター滞在ではまずアカデミーでの交流から始まり、私はグループ展のための作品の現地制作を試みました。制作可能な時間が2日程度という短い時間のなかでどれだけ自分の作品のテーマにのっとって進められるかを考え、結果できたものは完成度云々はともかく、自分の中で新しい起点になったと思います。同時にミュンスターの学生たちの作品を見ることで、一つの作品に制作時間をかけて完成度を上げていくことよりも、思考として軽やかに多くの試みを繰り返していく姿から良い刺激を受けることができました。
    ミュンスター彫刻プロジェクトの調査では、1977年からつづくこのプロジェクトに対して大きな時間軸で作家たちがどのようにミュンスターという街を捉え、そしてどのように人々にそれを伝え、残していくかという考え方を感じることができました。例えば、レベッカ・ホルンの作品では、ある建造物からドイツの歴史を伝えるとともに、ドイツの気候や、彼女自身が使ってきた「音」というメディアによって、より体感的にその場所、時間の記憶のようなものが伝わってきます。
    ベルリン滞在期間では、ベルリンにある公的な美術館や、私営の美術館、ギャラリー等多くの展示空間で鑑賞することができました。それぞれ大きな空間があり、それに見合うだけのコレクションが所蔵されています。
    同時に「壁」や「慰霊碑」等にも足を運び、当時のドイツについて改めて知る機会にもなりました。
    特にホロコースト慰霊碑にあるコンクリート製の大型モニュメントでは、格子状に並んだコンクリートの中に入っていくと、近くにいたはずの友人の姿が突然見えなくなったり、不意に知らない人と鉢合わせるなど、奥に進むほど不安や孤独のようなもの感じさせます。歴史を資料によって伝えるとともに、見る人に体感的に当時の感覚を伝える考え方に感銘を受けました。(彫刻科修士2年)

 

  • ドイツに、そしてそもそもヨーロッパに行くのは初めてのことだった。しかもただ行くわけではない。自作品の展示、現地学生との交流、ミュンスター彫刻プロジェクトによって恒久設置された作品群の視察、ベルリン(またはデュッセルドルフ)のアートシーンのリサーチなど、非常に充実した時間が過ごせることが約束された渡独だった。あまりにも情報が多く、全てに触れることは難しいので、この成果概要では特にミュンスターで感じたことについて語ろうと思う。
    ミュンスターはのどかな町である。統一感のある、昔ながらの佇まいをした建築が立ち並んでいた(実はほとんどが戦争で倒壊し、復元されたものらしい)。町は自転車があればほぼ困らないくらいコンパクトだ。初日に私は湖で昼寝することにした。視界の端には落書きだらけの大きな玉転がっている。私はあれが作品だと知っていて、本当は落書きなんてなかったことを知っている。しかし不思議と嫌な印象は受けなかった。彫刻プロジェクトによって恒久設置された作品たちは基本的にノーメンテナンスで置かれているようだった。だから多くの作品は何かしらのダメージを受けていたり、写真資料からかなりの変化をしている。それも大抵人の手によって。
    しかし彫刻を置くということはきっと、人間が踏みしめられたはずの大地を彫刻が占領するということだ。それを不可侵の領域として人間は見ることしか出来ないのだとしたら、それはそれでおかしな話だと思う。彼らは他のモノたちにするのと同じやり方で、ただこの彫刻と関わろうとしただけなのだとしたら、などと考えていると落書きも愛おしく思えてくる。パブリックな彫刻を人々が本当の意味で受け入れるということはこう言うことなのかもしれない。神聖さなど微塵もない彫刻たちは、美術館の中とは違う秩序で確かに魅力を発していた。
    帰国してからあの風景がぐるぐると頭のなかで回っている。この今までなかった戸惑いはポジティブなものなのか、あるいはネガティブなものなのか、まだわからないままだが、その戸惑いこそが今回のプロジェクトにおける私の確かな成果であるように今は思う。(彫刻科修士2年)

 

  • 私は今回のプロジェクトを通して、自身の作品の可能性を広げることができたと考えています。私は主に鉄を使い制作を行っていることから、作品を制作し、持ち込む段階で、重量の制限を少なからず考えなければならないという課題がありました。その中で制作し、普段とは違う角度からアプローチすることは、自身のコンセプトをより深めるきっかけとなりました。
    ミュンスターでは実際にドローイングを一点書き上げました。短期間ではありましたが、現地の植物や生き物、空気、光を感じながら制作を行うことができました。自分が起きて、食べて、寝るといった生活サイクルが変わらない中で、日本とは違う場所に自分がいることを不思議に思いながら過ごしました。遠くに思っていたものや場所に自身が実際に身を置くことで、思っていたよりもそれを近くに感じるような感覚です。渡航前にはコミュニケーションをとる上での言語の違いに不安がありましたが、大した問題ではなく、伝えたいことをとにかく伝えること、相手の伝えたいことを理解したいという気持ちに対して、後から言葉の知識がついてくるような充実感がありました。
    今回のプロジェクトを終えて、日本に帰ってから、ミュンスターの景色を想いながら作品を作りました。印象に深いのはミュンスターの木の葉が大きく、枝がしなる様子です。その作品は修了に向けてより洗練されたかたちで提示することを考えています。今後は様々な国へ行き、景色や文化に触れたいという気持ちがより一層強くなり、海外を視野に入れた活動をより現実的に考えています。(彫刻科修士2年)