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ASAP実施報告:パリ音楽院VS 藝大「即興」

March 01, 2023

アーツスタディ・アブロードプログラム(ASAP)とは、国際舞台で活躍できる優れた芸術家の育成を目的として平成27年度に開始した、学生の海外での芸術文化体験活動を促進する実践型教育プログラムです。国際経験豊富な藝大教員陣によるサポートのもと、参加学生自らが主体となり、海外渡航を伴う展覧会や演奏会、上映会、研修への参加、協定校への訪問等プログラムを実施します。

実施事業概要

事業名称:パリ音楽院VS 藝大「即興」
実施者:グローバルサポートセンター
渡航先:フランス(パリ)
参加学生数:5人
実施時期:2022年11月27日~12月6日(10日間)

成果概要

2016年以来続けている「即興」のプロジェクトは、パリ国立高等音楽院Conservatoire Nationale Superieur de Musique et de Danse de Paris(CNSMDP)から、ヴァンサン・レ・クワングVincent Lê Quang教授を藝大に3度招聘し、2020年2月には5名の学生がパリでCNSMDPの即興科の授業に初参加し、今回が渡仏しての2回目の交流事業となった。今回、美術学部先端芸術表現科の学生に参加してもらったが、パリ音楽院の学生たちも楽器以外のパフォーマンスを繰り広げ、自由な発想に触発され、藝大生たちもいろいろなことに挑戦し大いに自分たちの可能性を広げることができた。また同時期に渡仏中の美術学部専門研究員、中村儒纏(ひとみ)氏の和紙の作品展示をした院内のパブリックホールHall des salles publiquesで成果発表会をすることができ、作品の美しさ繊細さに調和する穏やかで美しい音作り協調するパフォーマンスからは芸術の相互に与えるシナジー効果を感じ取ることができた。

また、即興での新しい試みとして、音響科の3人の学生たちの協力により、学生たちの創造する音、音楽を素材として、それを増幅したり、ハーモナイズするコンピューターのソフトで音を変容させたり、マイクの位置を変えて聞こえ方を変化させたりすることをお互いに楽しんだ。音響科の学生たちにとってもお互いに有意義な経験であったと思う。

即興の授業が行われる教室の2台のピアノは内部奏法が許されており、共に指導をされるアレクサンドロス・マルケアスAlexandros Marqueas教授からは、自らの即興演奏ほか内部奏法のやり方をご指導いただいた。

パリ国立高等音楽院にて

ジャズ科サックス奏者たちとVincent先生、平野先生のセッションを見学

授業以外にも、すぐ近くのパリ管弦楽団L’orchestre de Parisの本拠地フィルハーモニーLa Philharmonieで、パリ管の演奏会と、ウィーン音楽大学とパリ音楽院の交流演奏会を聴くことができ、院内のホールでジャズ科のコンサート、日曜にはサン・シュルピス教会L’eglise St.Sulpiceの歴史的なオルガンの響きを堪能し、院内でのマスタークラス、それぞれの専攻楽器、作曲のレッスンの聴講もさせていただき、短いながら大変充実した豊かな時間を過ごすことができた。

St.Sulpice教会ミサおよび演奏会でのオルガン鑑賞                                        

体験記

  • 個人的に今回の活動の発端となったのは、6年前に東京藝大で受講した、1週間にわたる即興のワークショップでした。そこでパリ国立高等音楽院のVincent先生にご教授いただき、即興演奏の魅力を知ることができたので、今回はパリでVincent先生の授業を、パリ音の学生と一緒に受講できるということで、自分にとっての原点回帰のような気持ちで挑みました。
    渡航中は、朝から夜まで一日中即興の授業を受けるような日々でしたが、その内容は音楽全て、むしろ音楽の枠を超えて人生に深く関わってくるようなものだったと感じました。即興演奏というものは構成もないままに演奏が始まることが多く、故に普段以上に 「他人の音を聴く」という行為を意図的にやる必要があります。今までもそれを意識していなかったとは思いませんが、パリ音の学生とともに即興演奏をやってみると、今まで自分が聴いていなかった層の音こそ、彼らが大事にしている表現の層なのだと、そのことに自分が全く気付いていなかったことにショックを受けました。
    彼らの人の音を聴くという姿勢は、ただこの音楽をみんなで素晴らしいものにしたい、という、一緒にいる人たちや音楽や音そのものへのリスペクトがなければ出てこないものでした。即興演奏というと、自分のやりたいことや主張を思う存分発揮できる場のように考えてしまいがちですが、そうではなく、もっと高度なコミュニケーションでその場を良くしていこう、という空気が、普段の自分では得られなかった感覚だと感じました。
    言葉にすると陳腐なようですが、この感覚は、空間をともにしていなければ決して共有できないものだったと思います。今までもリモートなどでパリ音の学生と即興演奏をしたことはありましたが、それではやはり聴こえてこないものを、今回は存分に意識することができました。彼らの真摯な姿勢を受けて、私の今後の演奏は必ず変わると確信していますし、その暁には、また彼らと一緒に演奏ができたら、そんなに幸せなことはないと思います。
    この度はこのような貴重な機会をいただき、心より御礼申し上げます。(器楽専攻クラリネット修士2年)

 

  • 今回のプログラムに参加させていただけたことは、自分にとっての音楽とは何なのかを改めて考える貴重な機会となった。
    パリ国立高等音楽院の授業を受けさせていただき、音楽に対して開放的であるべきだということを学んだ。即興科の授業では、隣の人から遠くにいる人までの呼吸が聞こえ、窓から聞こえてくる環境音、建物が軋む音など、何もかも全てが音の一つとなっていた。私たちが奏でる音楽が自然にとって異質的な存在になるのではなく、元からそこにあったかのような溶け込む即興演奏も生まれた。またその逆もあり、人と人や環境と人が絶対に交わらないように個々が独立して完結している即興演奏もあった。
    どちらの演奏もそれぞれが思ったことを表現し、個々がぶつかり合ったり、交わったりする偶然が常に演奏と並行して存在していた。
    即興演奏は二度と同じ演奏が出来ず、その場にいる人しか味わうことができない特別なものだと思った。
    私は東京藝術大学の作曲科に在籍しており、作曲とは自我を表現する最大の手段だと今回のプログラムを通して感じた。即興演奏と作曲は似ている部分があり、言葉の代わりに音を紡いでいる。やはりパリの学生と東京の学生とでは言語の違いが生まれてしまったが、演奏を始めると深いところまで会話が出来たような気がして心が通った感覚になった。
    即興演奏は自分が今まで行ったことがない演奏方法に挑戦してみるということが多々ある。楽器の可能性や自分自身の可能性を広げてくれ、未知の領域に連れて行ってくれると感じる。(作曲専攻2年)

 

  • 私は即興音楽のクラスに即興パフォーマンスをするパートとして一人美術学部から加わらせて頂いた。パフォーマンスとダンスの違いに出国前からよく悩んだ。自分はダンサーではない、ダンサーではない自分が音楽に対してどう身体で関わることができるのかよく悩んだ。大きな音が鳴ったら大きく動くなどの理論だとジェスチャーゲームの枠から出られるのはダンサーだけではと思っていたからだ。しかし、現地のヴァンソン先生、またダンスのシルヴィー先生、ナタリー先生から音楽、ダンス、パフォーマンス、美術、哲学など、それらは全てイコールの存在として成り立っているのだと教わった。言葉を完全に理解できなくても感じずにはいられないものがあったように感じる。その教えから、もっと彼らの音楽を信用して聞くことができるようになった。最後の発表では迷いなく彼らの音楽に体を呼応することが初めてできるようになったと思う。根気強く教えてくださった先生方、常に優しく明るく接してくださった日本の他学生の方々のおかげだと強く感じている。また、現地の学生との交流も大変刺激的であった。誰かに頼まれて音楽やダンスをやっていない、自分が心からやりたくてやっている、だからどんどん探求するという彼らの熱いプロセスを近くで感じることができた。初めは何でもできて凄いなあという感動だったが、彼らの努力の熱さを感じると自分もやらなければという気持ちに変わっていった。あらゆるもに対していつもオープンでいることが学びを止めないことなのだと感じた。常に心を開くのは自分を強く持っていないとできないことである。自分に自信がないとできないことである。常に最高の自分でいること、更新しつづけることが唯一の手段だと思った。(先端芸術表現科3年)