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ASAP実施報告:グローバルアートにおけるアジア現代美術の現在(アジアにおける国際交流協定校との連携強化・展開)

March 01, 2023

アーツスタディ・アブロードプログラム(ASAP)とは、国際舞台で活躍できる優れた芸術家の育成を目的として平成27年度に開始した、学生の海外での芸術文化体験活動を促進する実践型教育プログラムです。国際経験豊富な藝大教員陣によるサポートのもと、参加学生自らが主体となり、海外渡航を伴う展覧会や演奏会、上映会、研修への参加、協定校への訪問等プログラムを実施します。

実施事業概要

事業名称:グローバルアートにおけるアジア現代美術の現在(アジアにおける国際交流協定校との連携強化・展開)
実施者:先端芸術表現科、グローバルアートプラクティス専攻、彫刻科
渡航先:カンボジア(プノンペン)、タイ(バンコク)
参加学生数:8人
実施時期:2022年12月1日~12月12日(12日間)

成果概要

0) 準備

事前準備授業として、取手校舎で小沢剛教授によるワークショップを開催し、学生に東南アジアをどのようにイメージしているか、紙とペンを使って世界地図の記憶を頼りにドローイングを描いてもらった。また、学生にとってのカンボジアのイメージを付箋に記入してもらい、参加者同士で共有し話し合った。東南アジアに対する知識不足を互いにここで十分確認でき、出発までの宿題となった。

1) プノンペンでの活動

プノンペンでの活動はクゥワイ・サムナン(Kway Samnang)、ブーズ・リノ(Vuth Lyno)、リム・ソクチャンリナ(Lim Sokchanlina)が率いるアート コレクティブ、ササ・アート・プロジェクツ(Sasa Art Projects)にカンボジアでの活動やカンボジアのアートシーンに関する講義を受けた。初日はリム・ソクチャンリナから資本主義によって引き起こされた、中国企業による急激な開発地域についての問題と表現に関する講義を受け、その後土砂を埋めて作られたその地域に学生を連れて案内してもらった。2日目はクゥワイ・サムナンによる引率で、別のエリアの最開発地域の記憶と現在の姿を歩いて観察させてもらい、さらにその後彼にスタジオを訪問し、詳しく講義を受けた。3日目は、国立博物館(National Museum of Cambodia)とインディペンデント映画を集めたフィルム アーカイブのボファナセンター(Bophhana center)を訪れ、カンボジアの歴史に触れた。またササ・アート・プロジェクツのメンバーでもある学生達と積極的に交流を行い、ブーズ・リノから講義を受けながら、カンボジアの現代美術史についてみんなでディスカッションを行った。 さらにその後、トゥールスレン虐殺博物館(Tuol Sleng Genocide Museum)を訪問し、メコン川でのボートトリップを実施した。カンボジア の歴史や現代の問題に触れつつ作家や学生等のとの交流が多い刺激的な3日となった。

ブーズ・リノ(Vuth Lyno)から講義を受けている様子

リム・ソクチャンリナ(Lim Sokchanlina)による講義を受けている様子

ササ・アート・プロジェクツ(Sasa Art Projects)を訪れた様子

インディペンデント映画を集めたボファナセンター(Bophhana center)を訪れた様子

2) バンコクでの活動

バンコクに到着した直後、ドクメンタ15に参加したアーティスト・コレクティブであるバーン・ノーグ(Baan Noorg)を訪問するため、郊外のラーチャブリーに直行した。現地に到着し間もなく、コレクティブの活動とドクメンタで発表された作品の背後にあるアイデアについて講義を受けた。地域との連携や歴史、地理をよく分析し向きあった上で行う彼らの実践が印象的だった。翌朝、地域の酪農農家の牛乳を使ったバーン・ノーグのオーガニック石鹸の工房を訪問。メークロン川周辺のツアーにも参加し、この地域のモン族や中国人のさまざまな民族の多様性や歴史について学んだ。モン民族博物館に訪問。 その後バンコクに向かう途中、ナコンパトム市場にも立ち寄った。 翌日、シラパコーン大学(Siipakorn University)へ訪れ、ヴィーラワット(Veerawat)准教授の引率の元、デコラティブアート学部と美術学部の学生と共同で3日間に渡るワークショップを実施した。はじめに建築科教授のアピラディ(Apiradee) 教授 より複雑な歴史と空間でを持つバンコクの中華街についての講義を受けた。その後国籍や専攻科目を混ぜてグループ分けをし、ランチを挟みながら自己紹介も兼ねて、指定したエリアをリサーチするため大学校舎から出発した。学生達は華人街のエリアや、バンコクの古い住宅地、民族が混在するエリアについてフィールド・リサーチを行った。翌日からはシラパコーン大学から制作とミーティングができるアトリエを提供してもらい、各自のリサーチに役立てた。最終日、学生達は研究成果としてリサーチを通じてそれぞれのグループで制作した作品を発表した。講評会には東京藝大とシラパコーン大学の教員の他に、ジョグジャカルタから訪問していたダルフィー(Dafri)教授が同席した。ここで発表されたプレゼンは、バンコクデザインウィーク 2023(BANGKOK DESIGN WEEK 2023)で展示する計画を見据えて発表を行ってもらった。なお、制作にかかる経費や食費はシラパコーン大学によるサポートがあって非常に助けられた。またワークショップに関しても、各グループにシラパコーン大学から博士課程の学生によるティーチングアシスタント(TA)を1人ずつ配置してもらい、スムーズな進行を行えたことも良かった。初対面で異なる文化や言葉の学生たち同士の共同作業となったものの、学生達はすぐに打ち解け合った様子で、非常に有意義な3日になった。最後に受講した学生達全員に修了書を発行し配布した。
その他、ジムトンプソンアートセンター(Jim Thompson Art Center)のデレクターであるクリッティア・カーウィーウォン(Gridthiya Gaweewong)による講義を受け、タイにおける西洋美術の受容の歴史を現代の歴史と照らし合わせながら語ってもらった。
また、彼女によるデレクションのもと来年開催予定のバンコクビエンナーレについても少し触れてもらい、来年に向けた展望と、藝大の学生達との継続的な交流の可能性について話し合った。

バーン・ノーグ(Baan Noorg)のスタジオビジット、講義を受けている様子

シラパコーン大学(Siipakorn University)訪問の様子

シラパコーン大学(Siipakorn University)での最終プレゼンの様子

ジムトンプソンアートセンター(Jim Thompson Art Center)のクリッティア・カーウィーウォン(Gridthiya Gaweewong)による講義

体験記

  • ASAPは、とても特別で充実したプログラムでした。
    一般的にアートアカデミーは、欧米のような一般的なアート界でよく知られた場所に行き、大きな会場や有名な会場を訪れることが多いようです。
    しかし、このプログラムでは、大きな流れに乗るのではなく、アジアの隣人とは誰か、私たちの周りには何があるのか、西洋的な重厚な芸術世界の隣にある選択肢は何か、について考える機会を学生たちに与えてくれます。
    このプログラムでは、カンボジアやタイの文化や社会の内部を知ることができただけでなく、現地のコレクティブとの出会いも非常に重要で貴重なものでした。
    このエネルギーは、講義やプレゼンテーションとは比べものにならないほど大きなもので、このプログラムでの最も重要な経験でした。
    また、このプログラムは、カンボジアやタイの人々だけでなく、東京芸大の学科間(彫刻、インターメディアアート、グローバルアートプラクティス)の人々を知り、考えを共有し、コラボレーションし、将来に向けてより広いコミュニティを作る機会を与えてくれました。(グローバルアートプラクティス専攻修士1年)

 

  • 約2週間の間に実施した東南アジアを中心とするASAPのリサーチトリップは、私にとってとても素晴らしい経験でした。
    カンボジアのプノンペン、タイのバンコクで出会ったアーティスト、コレクターや美術館、アーティストスタジオなどで活動する人々と新しいつながりを作るだけでなく、東京藝術大学から参加した他の先端と彫刻の学生とも親しくなることができ、新しい友情を築くとても良い機会にもなりました。
    また、トリップの後半にバンコクで実施したシラパコーン大学でのワークショップも素晴らしい経験で、とても楽しかったです。
    シラパコーン大学でのワークショップはバンコク市内のフィールドワークを目的とするもので、様々な文化的背景を持つシラパコーン大学の学生たちとグループワークで協力することができ、日本ではなかなか経験することができないものでした。この旅を通して、東南アジアのアートシーンに新たなつながりを持つことができ、アーティストとしての今後の活動をより豊かにすることができたので、とても嬉しく思っています。また参加したいと思います。(グローバルアートプラクティス専攻修士1年)

 

  • 今回のASAPでの体験は、私にとってとても貴重なものでした。私自身、海外に行くこと自体が初めてで、行く前から不安なことばかりでした。しかし、カンボジアとタイの人たちはとても温かい人ばかりで、日毎に慣れない場所での不安は消えていきました。
    東南アジアの知識があまりなかったため、カンボジアとタイ、それぞれの問題を聞き、自分の目で見たとき、まだ自分の頭の中では整理がつきませんでした。しかし、日本に帰ってきて、自分が住んでいる環境を見たとき、全く環境が違うことを体感し、今まで私が暮らしていた環境ではなにも見えていなかったのだと感じました。
    カンボジアで社会問題をテーマに作品を制作しているクゥワイ・サムナンさんは、自分の住んでいるカンボジア以外に限らず、東日本大震災によって引き起こされた原発事故のことをテーマに、日本に来日し作品を制作していました。私自身、福島県出身であり、同じテーマで制作していますが、うまく作品を制作することができていませんでした。しかし、サムナンさんの話を聞き尚且つ、今回のASAPで日本以外の環境を経験したとき、自分が考えている何倍も視野を広げるべきだと思いました。
    タイでのグループワークでは、シラパコーン大学の方達がとても親切で、楽しく1つの作品を制作することができました。私は英語が全くできなかったのですが、わかりやすい単語やジェスチャーで話をしてくれて、意思疎通を図ることができました。それぞれが持ち寄ったアイデアを取り入れながら、3日間という短い時間でしたが、とても濃厚な時間を過ごせました。私は普段、参加型の作品をつくるのですが、今回言葉が通じない上でのコミュニケーションを体験し、これからの作品の表現やプロセスに言語を用いなくてもできるコミュニケーションを取り入れながら、作品を変化させていきたいと考えました。(先端芸術表現科修士1年)

 

  • カンボジアとタイは、私にとって初めて渡航する国々であり、以前からポルポト政権崩壊後の影響や、タイのクーデターと戦後の再建に関心がありました。その為、渡航前にキリングフィールドの成り立ちと、中国資本の都市開発問題について、ネット記事や記録映像で、ある程度想像をしていましたが、その範疇を越える現実を目の当たりにしました。特に、私が関心を持ったのは、カンボジアとタイでは、現地で活躍する作家が企画する、不動産開発による環境問題や政治的、宗教的に疎外されたコミュニティの今について、レクチャーをする地域見学です。そこでは、本来あったはずの湖や森林、居住区に至るまでコンクリート柱だけのビル群や、他民族のコミュニティの街作りで、その土地のほとんどが、塗り潰され、原型を留めていない現状がありました。その現状から、現地で活躍されるLim Sokchanlina氏は、森林や、廃墟の前にフェンスを立て、Khvay Samnahg氏は、現在はない湖に自身が入り、土砂を被るパフォーマンスから、経済成長を優先して起こされたナショナル・アイデンティティの、喪失について考える場を築いていました。また、タイのJiandyinの2人は、政治的対立により、疎外されたコミュニティの問題を、その土地に根付く伝統文化と特産品の加工と販売を通して世界に発信し、グローカルな視点で、模索するアートコミュニケーションツールを生み出し続けています。
    私は、これらの創作活動に触れ、「私達を形成するアイデンティティと、還る土地とは何か?」。そして、作家として「自身が担うべき役割と責任とは何か?」という問いが、今後の自身の創作活動で、個人から国際規模で、内省的に問い問われなければならないと実感しました。現在進行形で、私達は疫病や戦争、差別といった問題に直面し続けています。私は2021年秋から2022年夏にかけて、フランスに留学し、ヨーロッパ諸国を周りました。異国の地で生活する中で、アジアンヘイトや、疫病、移民問題、ウクライナ侵攻といった、私自身や、人々のアイデンティティと日常が崩れる瞬間を身近に感じた経験から、近い未来、自身にも親しい人達にも起こり得る問題だと、重く受け止めました。そして、今回の海外派遣での体験から、それぞれの人々が持つ、自身と社会への眼差しを描いたポートレートを提示し合う、コミュニケーションの場を作らなければならないと考えており、模索し続けたいと考えています。(彫刻科修士2年)

 

  • 私は、今回のASAPで多くの貴重な経験を得て、さまざまな事を考えました。その中でも、特に考えさせられた事のひとつが、ビジュアルが持つ力についてです。
    もちろん、書き言葉もビジュアルの一つですが、これをしっかりと理解するには、その言語への高度な学習が必要です。今回取り分けて私の興味をひいたのは、造形とそれが示す意味についてです。
    まず、バンコクやプノンペンを歩いていると、「ジャポネ?ジャポネ?」と声をかけられました。私は中国人に間違えられる事が多いのではないかと勝手に推測していましたが、今回の旅ではそのようなことはなく、むしろ彼らにとって私の持つビジュアルは紛れもなく日本人であるという事に衝撃を受けました。また、カンボジアで見たキリングフィールドの床に染み付いた血と思われるものや、歪んだ金属のベッドフレームのビジュアルには凄まじいものがありました。また、バンコクの文化の入り混じった街並みや、街に残されているモニュメント、建築の様式から読み取れる歴史について、入り口程度ですが実際に見ながら学び、破壊する事と残す事について考えさせられました。
    このASAPを通して考えた経験から、多くの作家がアートの役割とは教育であると言う意味が自分の中でかなり腑に落ちました。私は、教育とは、他者の知らない部分や、持っていない視点の物語や価値観を伝え共有することであり、他人事であった事をどう私事にしていくかという事なのではないかと思いました。また、これは紛れもなくアートの役割だと思いました。(彫刻科修士1年)